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唯物弁証法のエッセンス


映画監督セルゲイ・エイゼンシュテインの「映画形式の弁証法的考察」(佐々木能理男編訳『映画の弁証法』所収)冒頭の一節。

事物の弁証法的体系が
頭脳のなかへ
抽象的な創造活動のなかへ
思惟の過程のなかへ
投影されて、生ずるのが
  弁証法的な思惟方法であり
  弁証法的唯物論であり
  哲学である

このような定式化に先立って、エイゼンシュテインは「マルクスおよびエンゲルスによれば、弁証法的体系とは世界の外部的な出来事の弁証法的な過程(実体)の意識的再現にほかならない」との言を他書から引用している。エイゼンシュテインによる定式化も他書の簡潔な表現も、いずれもマルクス=エンゲルスによる唯物弁証法(弁証法的唯物論)のエッセンスと言っていい。

ボールダーの決闘


ある出来事を伝える二つのストーリー [A] と [B] がある。

ストーリー [A] は次のとおり。
1899年9月17日、コロラド州ボールダーの共同墓地で旧西部の決闘といった銃の打ち合いが行われる。
一方の当事者は、詩人にしてガンファイター、不動産投資家でもあるキム・カーソンズ、65歳。ウェスタン小説を書いたこともある。
もう一方はマイク・チェイス、50代。詳しい身元は不明。
両者はともに死亡したが、どちらの銃からも発砲された様子はなく、一丁のライフル銃による遠隔射撃で絶命したと見られる。マイク・チェイスは前方から胸を撃ち抜かれ、キム・カーソンズは背中を撃たれていた。
新聞はこの事件を、共同墓地の写真や、死体の位置やライフルが発砲されたと思われる場所を示す図を載せて、大々的に報じた。また、キム・カーソンズの小説『誰だキエネス?』のある箇所を引用・掲載した。

ストーリー [B] は次のとおり。
1899年9月17日、コロラド州ボールダーの共同墓地で向かいあうマイク・チェイスとキム・カーソンズ。
マイクの後方、10ヤードほど離れた大通りをはさんで、マイクの助っ人たち。
ふと既視感デジャビュにかられて、マイクは敵の助っ人の姿を探す。
視線を走らせるだけで、情勢は見てとれる。
敵の助っ人たちは衣装をととのえ、ゲートルを付けて待機している。彼らは小枝で編んだショルダーバスケットからサンドイッチをほおばり、ブリキのカップにビールをついでいる。一本の木に数丁のライフルがもたせかけてある。
はめられたことに気づきながらも、キムとの距離を詰めはじめるマイク。
8ヤードの距離でキムは片手を勢いよく上げ、マイクに向かって人差し指を突き出す。
「バン! おまえは死んだ」
何もつかんでいないキムの手に銃を幻視して間合いを狂わされたマイクの銃撃は外れ、直後にキムのはなった弾丸がマイクの心臓上部に命中する。水銀の破裂する音がバシャと鳴り、大動脈がちぎれて吹き飛ぶ。

ストーリー [A] と [B] は両立しない。
日時、場所、登場人物は一致するが、決闘の結果は一致しない。
一方で、たがいに補いあえる細部がある。
これらのことをどう考えるか。
(ストーリー [A] で言及されている小説『誰だ?』の引用箇所と、ストーリー [B] でマイクが感じたとされる既視感のあいだにはあるつながりが隠されているはずだが、それについては今は措く)

更新履歴


2019-10-05 セクション「ボールダーの決闘」を追加。「唯物弁証法のエッセンス」に加筆。
2019-10-02 新プロジェクト「弁証法小説」を開始

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